『不治の病にかかりました』


「私、不治の病にかかっちゃったらしいんだ」
 彼女は唐突にそう言った。
 僕を見上げる彼女の瞳はいつもと同じ色をしている。いつもと同じ吸い込まれる様な茶色の瞳。
 長い睫毛が彼女の頬に影を落とす。艶やかで血色の良い頬に、僕はゆっくりと手を添えた。
「……治んないの?」
 余程酷い顔をしていたのだろう。彼女が僕の顔を見て、笑った。
「馬鹿ね、今すぐ死ぬわけじゃないんだからそんな顔しないで」
「いやそんな事言っても――」
 僕は続きが言えなかった。彼女のしなやかな指が僕の唇にそっと触れる。
「いいじゃない、誰だっていつかは死ぬんだから」
 彼女はいつもと同じ笑顔を見せる。艶やかな髪が風に撫でられ、揺れていた。
「でも……」
 僕には、彼女が居なくなる事が耐えられない。付き合い始めてまだ日が浅いが、彼女の事は愛していると断言できる。
「またそんな顔して」
 彼女はそんな僕を見て笑う。何故そんな風に平然としていられるのか。僕には判らない。
 判るのは、ただ、彼女が不治の病にかかったという事実のみだ。
「君が居なくなるなんて耐えられないよ」
 僕は彼女に告げた。彼女は笑顔を絶やすことなく、見つめ返してくる。病にかかっているなんて感じさせない、いつも通りの笑顔。僕の一番好きな、彼女の表情。
「私だってそうよ」
 そう言うと彼女は右手の人差し指を自分の胸に押し当てた。ちょうど、そう、心臓の辺りに。
「私だってあなたが居ないなんて耐えられないわ。だから、ね?」
 少し意地悪な笑みを浮かべ、彼女は続ける。
「あなたに恋をしているの。治らないでしょ? 恋の病って」
 くすくすと可笑しそうに彼女が笑う。僕は最初、彼女の言っている意味が理解出来なくて呆然としてしまった。
「不治の病にかかった、なんて言うから、僕はてっきり――」
 僕が喋るのを止めるように、彼女が口を開く。
「……お医者様でも草津の湯でも――」
 さえずる様に彼女は歌う。それを見ていた僕は何だか無性に可笑しくなり、笑った。
「死ぬまで治らないよね、この病気」
 僕が彼女に言うと、彼女は少し不満そうな顔をしてみせる。
「治らないんじゃなくて、治さないの」
 左手の小指をつき出す彼女と指切りをした。この約束は、きっと、僕達のどちらかが死ぬまで続くだろう。
 僕も気付かないうちに、不治の病にかかっていたのだから。

【完】


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