待ち伏せなんて男らしくないと思う。それでも、僕はリサに確認したかった。指先の冷たさだけでなく、思っていることも。全てを。
誰かに見られたらどうしようという考えは微塵も浮かばず、僕は僕の感情のままに行動していた。接点を持たない他人同士の今だからこそ、繋がりを持ちたいと。そう、願っていた。
見付かればお終い。判り切った無言の圧力。見えない絆を確かめる、情けないほどの愚かな行為。僕はおかしいのかもしれない。僕が誰よりもリサの近くに存在しているという自惚れは、思い込みに過ぎなかったのに。
「……あ、優……?」
既に日は落ち、夜の
「リ……お、大沢。今、帰り?」
「え? うん」
周囲には部活帰りの生徒がちらほらと散見しているが、構わない。
「せっかくだから、一緒に帰らない?」
僕たちのことを見ている奴はいないだろう。
「でも」
もし見られていたとしても、何とかなるはずだ。偶然会ったから一緒に帰ったとでも言えば良い。
「良いじゃん。クラスメイトなんだし」
「でも……」
「構わないよ。僕のことなら気にしないで」
リサがクラスで浮いた存在なのは判っている。僕が溶け込んだ存在だということも。
「うん。……判った」
冷たい表情を保ったまま、夜の瞳を僕に向け。昼と夜との狭間の時間。昼とも夜ともつかないリサ。
僕は少しだけ、酔い始めていた。
「大沢、今日呼び出されてたろ? 何で?」
「……この間のテストがボロボロだったから」
リサはまだ、昼間のリサを演じている。僕も昼間の僕のままで。けれども。
「昨日さ、……夜」
夜、という単語と共に、夜が顔を覗かせた。リサの口元に、笑みが浮かぶ。
「夜? 何?」
足もとから伸びている影が、やけに長い。
「前に、誰かと会ってた?」
僕と会う前に、とは言わない。言わなくても通じるはずだ。通じなければ、僕の過信が想像以上に酷かったというだけのことで。
「……言ったでしょ? 心当たりがあるって」
リサの答えは僕を安心させると同時に、別の不安を生み出した。
心当たりがあると、確かにリサは言っていた。新しいものを作って、僕たちの新しい秘密にしよう、と。しかし、それは。
「いや、その。大沢……リサ、それは」
焼却炉の前で会った女子たちは、歳の離れた男だと言っていた。信憑性の低い話かもしれないが、人間と動物を見間違えることはないだろう。
いや、そもそも僕が勘違いをしているだけなのかもしれない。彼女たちが見た男とは別に、リサが目を付けている何かがいるのかもしれない。
「大きい方が長持ちするわ。でしょ?」
きっとそうだ。そうに違いない。リサの基準は判らないが、ポチよりも大きい動物なんて、それこそ山のようにいる。目立つかもしれない、程度の言い方しかしていなかったのだから、人間のはずがない。
「だけど……」
心の何処かで確信していた。リサが言う新しい秘密の正体は、人間なのだ、と。
「……ねえ、優?」
背筋が凍るように感じるのは、冷たい風が吹き抜けているからだろうか。
「作るでしょ? 作らないの?」
戻れないことは知っていた。夜闇の楽園は心地好く、僕を魅了して止まなくて。
「作らないの? 裏切るの?」
リサと共に過ごす時間。手放したくない。護り続けたい。けれども。
「優も私を裏切るの? アイツみたいに」
凍り付く感覚。了承してはいけない。リサの求めるそれはあまりに罪が重過ぎて、夜の闇にすら隠れられない。
「……ア、アイツって……?」
リサの瞳に僕が映っていた。思わず笑ってしまうほどに、狼狽した僕の姿が。
「アイツは私を裏切ったの。裏切らないって言ったのに」
冷たい風がリサの髪を撫でる。艶やかに美しく、僕を誘うように。
「……前もそうだった。みんな私を裏切るの」
儚げな、昼とも夜ともつかない時間。どちらとも違う、リサの微笑み。目を逸らせないのは、僕が。
「でも、優」
リサに。
「……優は、裏切らないよね?」
逆らうことが出来ないのは、僕がそれを望んでいるからなのだろうか。笑顔のリサに
ただ、求められるままに。
「優は大丈夫よね? だって、アイツと違って最初から協力してくれてたんだから」
気付けば。僕は、頷いていた。
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