どこか遠くで、踏切が鳴っている。甲高い耳障りな音が、私の中をこだましている。
「……ピース……」
私は、罪を犯した。触れてはいけないものに手を伸ばした。赦されざるもの。どんなに近くても、指先で触れてもいけない。
青い鳥なんていない。寓話は、所詮寓話でしかない。
平和は、心の安らぎ。心の安寧。その欠片を手にすることが、どれほどの罪なのか。今なら判る。
「……平和……」
踏み切りの音が激しく鳴り響く。線路が心地良いリズムを奏でる。
私に残された道は、おそらく、ひとつしかない。
大罪を犯した人間に、安易な安らぎなんてない。
「……ピース……」
幸せになりたい。幸せになりたい。
目の前を通過していく電車によって、私の身体が煽られる。足取りが覚束ない。歩き方って、どうだっけ?
ああ、そうだ。私にはもう、必要のないものだから。
歩き方も、呼吸の仕方も。すべて。私には必要ない。
私にはもう、何も必要ない。
「ピース……!」
これで正しいの? これが正しいの?
ピースは、完全なる幸せをもたらす。中途半端な興味で近付いた私を、赦すはずがない。
近付いてはいけない。警笛は、鳴っていたのに。
張り付くような、ひんやりとした感触。素足で線路を踏むのは始めてだ。スタンドバイミーみたいだと、麻痺した頭の片隅で感じた。
遠くで踏み切り音が、けたたましく鳴り響いている。
そろそろ、行かなくちゃ。
私のピースはここにある。私のピースはここにあった。
私の平和は、ここから始まる――。
(C) 2007-2014 Noru.T All rights reserved.