『LOVE@ピース』


関口  咲@日曜日 17:45

 埋立地だからか。海が近いからか。日が沈むと、みなとみらいは風が強くなってきた。正直、すごく寒い。
「……先輩、寒くないですか?」
 言いながら先輩の横顔を見上げた。何度見ても惚れ惚れしてしまう。
 格好良い。すらりと高い身長。整った顔立ち。細くて、筋肉質な身体つき。非の打ち所がない。完璧だ。先輩は完璧。完膚なきまでに完璧だ。
「そうだな」
 完璧な笑顔で先輩が微笑む。何度見ても慣れることのない笑顔。見るたびに、愛しくて仕方がなくなってしまう。
「中、行きません?」
 遊園地になっている場所を歩くのは寒い。本当は、もっとずっと、夜までこうして歩いていたいけれど。今は少し、寒過ぎる。ライトアップされたイルミネーションの綺麗さで、寒さも忘れられると思っていたのに。
 また後で、ゆっくりと歩きたい。だからそれまでは、屋内にいたい。
「……ツリーでも見に行くか?」
 あたしは思い切り首を縦に振った。先輩があたしの頭を優しく撫でる。大きな手。大好きな手。
「こっからだと、クイーンズの方が近いよな」
「どっちも行きましょうよ。せっかくなんですから」
 そうだな、と呟いて、先輩があたしの手を握った。大きくて暖かい。あたしの手が、あたしの全身が、先輩の温もりに包まれていく。
 やっぱりこの人はあたしのピースだ。そんな風に改めて思う。あたしをこんなに幸せにできる存在なんて、先輩以外にいるわけがない。
「……先輩、だーい好き」
 力一杯手を握り返しながら言う。照れたような顔をして、先輩は、軽く握り返してくれた。嬉しい。やっぱり大好きです。
「ほら行くぞ。もう信号変わるからな」
 口調とは裏腹に優しい笑顔を見せてくれる。少し早足に横断歩道へと向かい、手を繋いだまま道路を渡った。そのまま、クイーンズへと歩いて行く。
 屋外に飾られた電飾が、まだ薄明るい空の下、煌々と輝いている。先輩の笑顔には負けるけれど。それでも、とても綺麗な光を放っている。
「綺麗ですね」
「……ああ、そうだな」
 きらきら。この光を浴びていれば、先輩ももっと光り輝けるんじゃないかと思う。
 できれば。先輩に真面目になって欲しい。真面目に、将来のことを考えて欲しい。
 輝くイルミネーションの光に願いをかける。先輩のバンドが上手くいきますように。先輩がもう少しバイトを頑張りますように。大学は、良いや。先輩には、音楽で頑張って欲しいから。
「……どうした? サキ」
「へへ。何でもないです」
 先輩のことを考えていました。大好きだから、やっぱり夢を実現させて欲しいのです。
 あたしが知らないだけで、本当は先輩だって努力しているはずだ。ライブやったり、オーディション受けたり。最近は路上ライブをやっていないからって、あたしは勝手にあまり活動していないと思い込んでいた。きっとそんなはずはない。
「ねえ、先輩?」
 先輩越しにイルミネーションを見ながら尋ねる。
「先輩のバンド、次のライブっていつですか?」
 最近は、きっとちゃんと小屋を取ってやっているんだと思う。合同イベントかもしれない。路上で演奏するよりも、もっときちんと聴かせるように。声も楽器も何もかもを、より良い状態で聴かせるように。
 先輩のバンドは、先輩がボーカルで。他のメンバーもみんな、うちの高校の軽音楽部の先輩だ。去年からたまに部活以外でも活動していたし、ライブハウスに知り合いがいるのかもしれない。
 あたしが卒業するまでにメジャーになっていたりしたら、すごく格好良い気がする。卒業式に凱旋ライブとかやって。先輩があたしの卒業を歌で祝福して。
「……ああ、来月。年明けにあるけど」
「そうなんですか?」
 やっぱりちゃんと活動している。しょっちゅう電話とかメールとか来るから、何もしていないと思い込んでいた。反省。大反省です。
「……来る? 合同だし、俺らの出番短けえけど」
 なんだかまるで来て欲しくないような口ぶり。出番が短くたって構わない。一番輝いている先輩が見られるなら、それで良い。
「行きますよ、もちろん」
 当たり前だ。あたしが初めて先輩に惹かれたのは、初めて先輩の歌声を聴いたときなんだから。学園祭の舞台で誰よりも輝いていた先輩の姿が、心に焼き付いて離れなくなって。
「じゃあ、ま、チケット、後で渡すな」
 なんとも歯切れの悪い口調。何かを隠しているというか、何というか。こういうのを、女の勘、というんだろうか。
「先輩……?」
 探るように尋ねてみる。けれど。
「ライブのこと、もっと早く教えてくださいよ?」
 先輩は、そっぽを向いてしまった。コスモワールドの観覧車を見詰めているらしい。嫌な空気。さっきまでの楽しい雰囲気は何処へやら、だ。
 先輩があたしに隠し事をしている、かもしれない。どうしよう。こういうとき、みんなならどうするんだろう。
 なるみは多分、黙って様子を見ると思う。感情的になっているところを見たことがない。そういえば。
 なっちゃんは、ガンガン攻め立てそう。気が強いし、彼氏は甘い人だと言っていたし。なっちゃんを敵に回すと怖そう。なんとなく。
 あたしは、どうしよう。気になるし、黙っていられないし。だからといって強気にもなれないし。
 でもやっぱり気になるし。放っておけるほど大人になんてなれないし。
「……サキ」
 先輩があたしの手首を掴んで引っ張るので、あたしは流されるまま先輩に付いていかざるを得なくなってしまった。色々な考えを中断し、先輩とともに遊園地へと戻っていく。
「先輩、何処行くんですか?」
 先輩は何も答えてくれない。不安だけが、あたしの中に募っていく。嫌われた? 余計なこと言った? あたし、何かしちゃった?
「先輩?」
 遊園地の中の、メリーゴーランドの前に連れて来られた。あたしは不安で一杯で、先輩の顔をまともに見ることができない。
 どうしよう。先輩に嫌われちゃったら、あたし、どうすれば良いんだろう。
「……サキ?」
 あたしの不安を打ち消すかのように、優しい声で先輩が微笑みかけてくれた。あたしは単純で馬鹿だから、先輩の優しい一言で、不安が解消されてしまう。
「クリスマスには、ちょっと早えけど……」
 言いながら先輩は、薄い包みをあたしに渡した。真っ赤な袋に、金色のリボン。これは、多分、間違いなく。あたしへのクリスマスプレゼントで。
「……これ……?」
「良いから。開けてみろって」
 照れたようにそっぽを向いている先輩の横顔に、遊園地の彩りが映っている。ほんのり染まる先輩の顔が、とてもとても綺麗だった。
 あたしは言われた通りに、プレゼントの包みを解いた。中から出てきたのは、CDと、一枚のチケット。チケットには来年の日付が記載されていて、さっき先輩が言っていたライブのチケットなのかな、と思う。
 そしてもうひとつの。
「……CD?」
 ひょっとしたら。気のせいでなければ。
「ああ、俺らのバンド。……インディーズだけど、アルバム出すからさ」
 どこか遠くを眺めたまま、先輩が後頭部を掻いている。この癖は、照れたり不貞腐れたりしたときによく見る。何度も見た、あたしが大好きな癖のひとつ。
 抱き付きたい。ぎゅうっと、力一杯抱きしめたい。
 やっぱり先輩はすごい。あたしの知らない間に、あたしに連絡をいっぱいくれている間に、こんなことまでしていたなんて。
「……本当はさ、観覧車にでも乗って渡そうと思ってたんだけどさ」
 ライブの話が出ちまったらごまかせねえや。そう呟いて先輩が笑った。
 やっぱり好き。さっき先輩が黙って真剣な顔をしていたのは、計画が狂ったから? あたしがライブの話題を振ったから、どうしようか悩んでいたってこと?
「観覧車じゃなくても、ここでも景色は楽しめますよ?」
 本当に。心の底からそう思う。水面に反射する、イルミネーションのきらきら。先輩の顔に映る、遊園地のきらきら。それに、何より。
「先輩と一緒なら、どこだって最高なんですから」
 そう言って、先輩の腰に手を回した。先輩は背が高いから、あたしの顔は、先輩の胸にしか届かないけれど。
 先輩の手が、ぎこちなく動く。あたしの背中に添えられる。暖かい。今、あたしは先輩に包まれている。
「サキ……」
 甘い吐息が髪にかかった。見上げたら、きっと、先輩の顔はすぐ近くにある。視線を落とすと、あたし達の影。ひとつになって、煌く遊園地の中に伸びた。
「……先輩」
 付き合い始めて、一年半。手だって握ったし、キスもした。けれど、こんなにどきどきする状況は初めてで、どうすれば良いのか判らなくなってしまう。
 背中に添えられた先輩の手が、ゆっくりと離れていく。ゆっくりと、優しく、先輩があたしの髪を撫でる。
「……サキ……」
 あたしはゆっくり目を閉じた。先輩の手に、あたしを委ねる。
 髪を撫でていた手が頬に降り、顎にかかる。まるで繊細なガラス細工を扱うように、丁寧に、顔を上へと向かせた。
 先輩の吐息で息ができない。激しい心臓の鼓動。これは、あたしのものでもあり、先輩のものでもあり。二人の鼓動がひとつになっている。
 暖かくて柔らかな、先輩の吐息が唇に触れた。
 このまま時間が止まれば良い。先輩と、あたしがひとつになったまま。今なら、世界が滅びても構わない。
 ゆっくりと先輩の吐息が離れていく。あたしは目を開き、先輩の顔を見詰めた。
 ついさっきまであたしの顎に添えられていた手で、先輩は後頭部を掻いている。照れたような顔。少し、赤くなった耳。あたしは手を伸ばし、先輩の頬に触れる。
「……サキ、ずっと一緒にいような」
 もちろんです。あたしには先輩しかいません。あたしの幸せは、ピースは、先輩以外には考えられません。
 暖かい頬に手を添えたまま、あたしは大きく頷いた。水面のきらきらが、先輩のきらきらが、より一層輝きを増している。滲んでいる。
 あたしの瞳が潤んでいると気付いたのは、先輩の一言のおかげだった。
「サキ、泣くなよ」
 これは嬉し涙です。先輩と、いつまでも一緒にいられるという、嬉し涙です。
 先輩と一緒にいられることが、あたしのピースです。あたしの、幸せです。


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