『LOVE@ピース』


飯田 隆雄@火曜日 12:20

 本当は今すぐにでも帰った方が良いのかもしれない。余計なお節介かもしれねえが、俺は、やっぱり夏のことが心配だった。
 今朝は慣れない原付通学なんてもののせいで、予定より早く着いちまった。二時間目が始まる前にこっそり教室に入る予定だったのに、中途半端に早い時間。さすがに高校の近くで煙草をふかすわけにもいかねえし、かといって何もすることもねえし。
 おかげで、コンビニで雑誌を買う羽目になっちまった。
 今、手元にあるこの雑誌。何故俺がこの本に手を伸ばしたのかが判らない。漫画でもなければエロでもない。大人向けの、OL向けの週刊情報誌。正直全く興味のないこの手の雑誌を、何故、俺は手にしてちまったんだろう。
「飯田、それ、面白いか?」
 睨み付けるように雑誌を読んでいる俺の後ろで、コーヒー牛乳を飲みながら鈴木が訊いて来た。
「……判んねえ」
 本当に、判らない。表紙にはそんなこと一切書いていなかったのに、何故この雑誌を選び出したのか。
「お。特番特集じゃん」
 そんなものが載っていたことにも気付けなかった。俺は、何てことのない写真に載っている、何てことのなさそうな公園の、何の変哲もない鳩の写真にしか、目が行っていなかった。
 上野公園。山田なるみが最後に行った場所。クラスメイトとデートの約束をしていたと、関口さんが言っていた。誰か。そのクラスメイトが判れば、俺の疑問を解決する糸口になりそうな気がする。
「ちょっと見せろよ、な?」
 無理矢理奪おうとする鈴木に、俺は一言「やる」とだけ告げた。
 上野。京浜東北線。鳩。山田なるみが飛び込んだのは、上野の近くの踏み切りではない。蒲田のあたりだと聞いた。
 どうして移動した? ピースが関係しているのか?
 考えたって判るわけがねえ。俺が握っている情報なんてものは、どうしたって高が知れている。それに、何故俺がこんなにピースに固執しているのかも判らない。
 不可解だから、か。山田なるみが自殺するとも思えないし、ピースの手掛りの電話の件も気になる。淡々と、怯えたように話していた関口さんのことを思い出すと、もうこれ以上彼女から話を聞くのは忍びないが。
「……飯田、どこ行くん?」
 無意識のうちに、俺は鞄を手にしていた。
「え? あ、いや……」
 さすがに二日連続早退はヤバい。ただでさえ、今日は遅刻している。どんなに気になっていても、やはり帰るわけにはいかないだろう。
「えっと、昼飯、買って来るわ」
 もう既に食い終えているし、そんなに食欲もありやしない。下手な言い訳だ。我ながら、アドリブ能力のなさに辟易する。
「おう。……と、よし! オレも一緒に行く」
 鈴木が声を上げた。雑誌を熟読しているものとばかり思っていたが、そうではなかったらしい。
「じゃあさ、ついでに肉まん買って来て」
「俺にはピザまんよろしく」
 友達甲斐のあり過ぎる連中が、待っていましたと言わんばかりに買い物を頼んで来る。俺らはパシリか?
「手数料は五十円戴きまっす」
 鈴木は、いつも以上にテンションが高い。俺の手が出る前に、馬鹿共に交渉を始めていた。
「高えって。十円にまけて」
「……三十円」
「十五円は?」
「……しゃーねえな、ニ十円にしといちゃる」
 こいつには商売の素質があるような気がしてならない。ウザいし馬鹿だが、口は達者だ。商売人として成功するか、あとはまあ、詐欺師か。
 鈴木が詐欺師って、何かちょっと似合い過ぎているけど。
「おっしゃ、行こうぜ」
 噴き出しそうになるのを押さえ、俺は教室を飛び出した。続いて鈴木が追いかけて来る。手には小銭の山。あんな短時間に回収を済ませるとは、やはりこいつは只者ではない。
 足早に廊下を進み、玄関へと向かう。途中、鈴木がらしくない一言を述べた。
「……飯田、元気出せよ」
 俺は普通にしていたつもりだし、至って元気なつもりだった。それなのに、鈴木はそんなことを言う。照れるような腹立たしいような。複雑な気分にさせられた。
「馬鹿野郎、俺は元気だ」
 証拠代わりに一発殴る。そういや、昨日も殴ったな。遠い昔のことのようで、俺は無性に懐かしさを感じた。
 もう、戻れねえんだな。山田なるみのことも、ピースのことも。俺の頭から離れそうにない。時が経てば、何とかなるのかもしれねえが。
「なら良いけどな」
 殴られながらも爽やかに笑う。畜生、お前は何様だよ。俺を平常に戻してくれる、鈴木は一体何様なんだよ。
「……ありがとな」
 聞き取られないように小声で呟く。聞かれてたまるか。恥ずかしい。一生分の恥晒しになるわ。
 何か言ったか、と、しつこく尋ねて来る鈴木に、返答代わりの脳天チョップを食らわして、俺は駆け足で靴箱へ向かう。履き替え、追いつかれないように校門へと走った。
「テメ、痛えじゃねえかよ」
「うっせえ、お前がしつこいんじゃ」
 こういう何でもない戯れ合いが、今の俺にはとても大事なことで。黙っていると、永久に答えの出ない迷路に迷い込んじまいそうで。
 夏のことは心配だ。でも、今日の俺にはやることがある。鳩とかピースとか、そういったものは関係ねえ。
「待ちやがれ、飯田」
 山田なるみの足跡を追う。幸い夏の学校には、俺の友人も通っている。そっちから話を聞けば良い。
「待てと言われて待つ阿呆がいるか」
 こっちだって、答えは出ないかもしれない。それでも、立ち止まっているより何かをしていたい。誰だか突き止めるだけなら、永久に答えの出ない迷路とは違うはずだ。
 後で夏に電話しよう。放課後、あいつに電話しよう。何か少しでも前に進めれば良い。進めなくても、立ち止まっているより足踏みしている方が良い。
 とりあえず今は、できるだけ浮上しておきたい。



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