『ストロゥヘヴン』
繋
ゆっくりと土を被せ、ポチの頭を覆い隠した。バケツの中身は適当にぶちまけ、バケツ自体も不自然にならないよう放置する。絆の確認は、証拠を許さない。
「もうそろそろ、駄目っぽいね」
土と腐臭にまみれた軍手は、学校の焼却炉に投げ捨てることにしている。捨てるのは、リサの役目。僕は軍手を新しいビニール袋に入れ、リサに手渡した。
「……新しいの、作ろっか?」
掘り起こし埋め戻し、リサを護るのが僕の義務。細かな言い訳やルールを制定するのがリサの務め。計画を立てるのも、実行に移すのも、リサの。
「まだ大丈夫だよ、リサ。それに、あんまりやり過ぎても良くないと思うよ?」
「ま、ね。優のおかげで上手くいってるんだって思うんだけど」
悪いことだというのは判っている。けれどもこれは、逆らいようのない儀式なのだ。僕とリサの関係をより強固なものにするための儀式。偽りの世界を護るための、偽りの。
「でもさ、どろどろしてきてるじゃない? 限界、近いっぽい気がするんだ」
ふいに、あの日を思い出す。
躊躇うことなく力を込める、リサの姿を思い出す。
「虫が湧いたら可哀想だしね」
念仏のように何かを唱え、一心不乱に力を込め。教室で見る“大沢リサ”とはあまりにも懸け離れた姿。長く艶やかな髪だけが、クラスメイトのそれと同じだった。
「もうお終いにしてあげた方が良いような気もするの」
僕はきっと、どうかしていた。リサに声を掛け土に埋めることを提案したのは、僕なのだから。
「新しいの作って、そっちを私たちの“秘密”にしよ?」
裏切りを許さない関係を共犯と呼ぶのなら、僕たちはまさに共犯で。
「新しいのって、どうやって?」
きっかけはリサだったが、持ち掛けたのは僕だった。隠すことを。共有することを。護ることを。絆を。
「私ね、心当たりがあるんだ。だからそれで良いかな、なんて」
「大丈夫? 目立たない?」
白い息が霧散する。ふたりの呼気が混ざり合い、闇の中へと溶けていく。
「ちょっと目立つかも」
何故僕は無視をしなかったのか。きっと、根底からの否定を許さない、あの感情のせいだろう。
「でもきっと平気。優と一緒なら大丈夫な気がする」
偽りの恋心。僕を捕らえる、麦藁の呪縛。
「それにね。私、やっぱり優と一緒にやりたいんだ」
芽生えたのはいつからか。提案した時には既に、囚われの身となっていた。リサの掌で踊っていた。
「一緒に? 僕と?」
「うん。そうすればさ、もっともっと共犯っぽくなるでしょ?」
鋭い瞳で僕を射抜き、リサが続ける。蛇に睨まれた蛙のようなものだ。どうしようもなく、抗う術を持たず。
「私ね、何だかんだで優がいてくれて良かったって、思ってるんだよ?」
僕には頷くしか術はない。けれども、それが心地好い。
抱いた偽りの感情に突き動かされ、凍てつく空気に酔う。本当のリサを知っているという優越感と、罪を抱える背徳感。様々な色が混ざり合い、黒の彼方へと葬り去られる。
リサの掌で踊る、偽りの世界。僕の奥底まで染み込む。ふたりだけの時間。ふたりだけの天国。
偽りを真実に変え、無価値な夜を、鮮やかに。
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