授業はとても退屈で、慢性的な寝不足のせいか、どうしても
本来の僕たちには、同じクラスという共通点しか存在していなかった。リサは他人に関心を持たず、クラスメイトは赤の他人で。それはきっと、僕も例外ではなくて。
あの日リサに会わなければ、今もまだ、僕たちは他人のままだったのだろう。話すこともなく、繋ぐものもないままの。ただの。
黒板に書かれた文字をノートに写し、真面目に授業を受けている振りをした。今の僕は偽らざる僕のはずだ。それなのに、何故か違和感を覚える。リサと過ごす時間こそ本当で、今の僕が偽りなのではないか。そんな不安が脳裏を過ぎる。
僕とリサは、今は他人だ。共犯者になれるのは月明かりの下でのみ。お互いに不自然にならない程度に距離を置き、普通のクラスメイトを演じる。それが、他人としての振る舞い。
ふと窓の外に目をやると、ちらちらと粉雪が舞っていた。錯覚のように儚げな、天気雨ならぬ天気雪。雪の場合も、狐の嫁入りと言うのだろうか。
何れにせよ、すぐに止むだろう。いや、止んで貰わないと困る。雪の中、日課をこなすのは。
違う。僕は自分の考えを吹き飛ばすように、頭を激しく横に振った。違う。今は昼間だ。夜とは違う。偽りとは違う。
現実の中にいてもなお、幻想を抱き続け。夜の世界が昼に侵食して来ていることを感じる。
授業も聞かず熟睡しているリサは今、夜の世界を夢見ているのだろうか。月明かりと冷めた空気、土と血の匂い。非現実的な空気、心地良い幻想。白く黒い、罪の世界を。
夜の世界は色数少なく、だからこそ鮮やかな色が映える。たとえばそれは、血のような。
「大沢リサ! いつまで寝てるつもりだ?」
先生の怒鳴り声で我に返る。リサが注意を受けるのはいつものことだ。周囲の人間に
「……寝てないですよ? 先生」
怒鳴りつけられたリサは悪びれる様子もなく、淡々と言葉を紡ぐ。反抗的な冷たい態度。悪い意味で目立つ存在。
リサの眼は、夜と同じで。
「私、きちんとノート取ってますし」
逆らうことを許さない、突き刺さるような鋭い眼光を放っている。しかし、誰も気付いていない。
「授業の邪魔だってしてませんよ?」
鋭く冷たいリサの本質に。知っているのはこのクラスで僕だけだろう。優越感に、口元が緩む。
「大沢! 言い訳するな!」
先生がリサの机を叩くのと同時に、教室内を
僕は共犯だから、リサの言葉を聞くことが出来る。僕だけは不要ではないのだ。たとえ、
「……とにかく、起きてるように」
リサは全てを見透かしている。全てを自在に操っている。全て。そう、僕も。
知らぬ間に、リサのペースに巻き込まれている。今沸き上がっている嘲笑は勿論、夜の逢瀬もそう。きっかけはただの偶然だったが、僕はもう。
「はーい」
あの日。何故、僕はリサに気付いてしまったのだろう。何故、隠蔽の手伝いを引き受けてしまったのだろう。何故、共犯などと言い出してしまったのだろう。
思えばいつから、僕はリサのことを“大沢”ではなく“リサ”と呼ぶようになったのだろう。いつからリサは僕のことを名前で呼ぶようになったのだろう。
僕は色々と忘れている。忘却の彼方へと消え去った記憶は、それでも僕の心を捕らえ続け。
「大沢、あとで職員室に来るように」
脆い絆となり、僕を雁字搦めにする。
「え? 私、何か悪いことしました?」
悪酔いしているだけだ、きっと。夜の匂いに苛まれ、現実を見失うほどに。罪色の繋がりは儚く、僕たちは他人で。意味を成さない関係性。誰かに見付かればお終いの、脆い。
それはまるで、窓の外をちらつく粉雪のよう。
掌に載せた瞬間に、溶けて、消えてしまうのだ。冷たいリサの掌ではなく、僕の掌の上では。
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