『LOVE@ピース』


飯田 隆雄@月曜日 12:20

 騒がしい教室の中で、俺だけが一人、別の空間に切り離されていた。喧騒の中に紛れ込めていない。昼休みにのうのうとやって来た鈴木を軽く殴りふざけようとしていた時間が、遠い過去に思われた。
「……死んだ、らしい」
 夏に電話をするべきか迷ったが、こういうことは冷静に語れるうちに伝えておいた方が良い。それに。俺にとっても。全くの赤の他人というわけじゃない。人違いの可能性を信じたかった。
 何度か会って、山田なるみのことは知っている。黒髪で色白の美人。見るからに才女といった雰囲気で、口数が少なかった覚えがある。夏が言うには、結構な毒舌家、らしかったが。
 その“山田なるみ”が死んだ。
 否定して欲しかった。心の底からそう思う。しかし、学校にいないということを、夏に肯定されちまった。
「……嘘……」
 力なく呟く夏の声。俺は、取り乱しかねない夏をなだめるためにも、務めて冷静に言葉を続ける。
「多分、間違いない。……俺も、鈴木に聞いただけだから真相は判んねえけど……」
 昨日の夜はひどい目に合った。鈴木は確かにそう言っていた。
 俺を散々コケにした後、そのまま川崎で遊んでいたらしい。まあ良い。そこはあまり関係がない。今日も一発殴ったし、その件に関してはチャラにしてやろう。何より今の俺は、そういう気分になれそうにない。
 鈴木がそろそろ帰ろうかと駅に向かったら、JRが止まっていた。それが鈴木の言うひどい目だ。昨日の夜。俺も、テレビのニュース速報で電車が止まっているというのは見た。だから間違いないだろう。そんな嘘を、わざわざ俺に言う必要もないが。
 帰宅が遅くなって寝坊した、と眠そうにあくびをしている鈴木を挨拶代わりに軽く殴り、いつも通りにふざけ合おうとした。それが、ついさっきの話。
 そうしたら。鈴木はへらへらと笑みを浮かべたまま、俺を冷静にさせるような話をし始めやがったんだ。
 ――良いから聞けって。でさ、電車止まった原因ってのが、どうも女子高生の飛び込み自殺だったらしいんだわ。あ、そうそう。飯田の彼女の高校の生徒らしいよ。ニュースで言ってた。先程身元が判明しましたって。写真見てびっくりしたよ、めちゃめちゃ美人なの。山田なるみって名前でさ。
 電話の向こうで、夏が嗚咽を上げている。やっぱり伝えるべきじゃなかったのかもしれない。夏はいつだって強気で偉そうで生意気で。俺なんかよりよっぽど冷静で。
 その夏が、電話の向こうで泣いている。
「今から行くから」
 俺はそう言い、電話を切った。床に倒れっぱなしの鈴木にこれからフケる旨を伝え、鞄を手に取る。電話中は冷静な振りをしていたが、自分が動揺しているのが判った。指先が、笑えるほど震えている。
「……どした? まさか知り合いか?」
 俺が急に電話をかけ始めたことで、察しの悪い鈴木も勘付いたらしい。先程までの薄ら寒い笑顔から一変していた。真面目な顔で俺を見上げている。普段なら、笑ってやりたいような表情。けど、そんな気にはなれなかった。
「ああ。……友人みたいなもんだ」
 言い捨て、廊下に出た。自転車で夏の高校まで行くにはどのくらいかかるんだ? 駅前で乗り捨てて、電車に乗った方が早えか?
 一番早く夏の元に行く方法を、俺はあれこれ考える。しかし、冷静さを欠いているせいか、どうにも考えが纏まらない。
「……飯田!」
 教室の方から鈴木が追って来た。金属音を鳴らし、何やら騒がしい。立ち止まる時間が惜しいので、俺はそのまま歩き続けた。
「飯田、待てって!」
 走り寄る鈴木に、肩を掴まれる。小さな鍵を俺に押し付け、切れた息を整えて。
「これ、オレの原付。オマエ、原チャの免許くらい持ってるよな?」
 さっきから聞こえていた金属音は、鍵に付いた鈴のものらしい。
「一応、十六になるとき取ったけど」
「なら良し。これでオマエに貸しができるわ」
 鈴木に鍵を渡されても、俺には何を意味するのかが判らない。どういう意味だ?
「オレにゃよく判んねえけど、飯田さ、今からどっか行くんだろ? ならそれ乗ってけよ」
 普段なら、原付通学は校則違反だろ、とか何とか言って小突くが、今はそんな鈴木がありがたい。免許を取って以来乗ってねえから上手く扱えないかもしれないが、壊したら、そのときは、そのときだ。
「サンキューな、鈴木」
 片手を挙げ、廊下を進む。
「良いってコトよ。それより、オマエの短気早く治せよ!」
 鈴木は、悪友だ。いつも俺のバイト先に来て邪魔をする。あいつのせいでクビになったバイトは、数え出したらきりがない。
「うるせー!」
 けどこうやって。たまにだけど。良いところも見せやがる。
「メットも入ってっから使えよ。あ、でも、飯田のクセえ頭の臭いが付いたらどうしよ」
「てめえほど臭かねえよ」
 高校の奴らは悪友ばっかりだ。俺も、他人のことは言えねえが。
 誰かがバイトを始めたら偵察に行くのは俺も同じだし、漫画雑誌のグラビア見て喜ぶのも同じ。雑誌のグラビアで、好みの女が被ったときに喧嘩になるのも同じだ。
 下駄箱で靴を履き替え、鈴木がいつも原付を隠している学校裏の公園へ向かった。良い学校だよ、全く。俺が堂々と早退しているのに、誰も気にも留めないなんて。
 鈴木の原付に鍵を差し、木陰から移動する。あまり隠せていない辺りが、鈴木らしくて笑っちまう。大した見回りもないから、どっちもどっちではあるけど。
「よし、行くか」
 この制服のまま夏の学校に入るのは、やっぱり難しいだろうか。でも、そのときはそのときだ。
 天気は良好。気分は、鈴木のおかげで浮上した。
「夏、待ってろよ」
 俺が行ったところでどうにかなるような問題じゃない。それでも、少しは力になれる気がする。少なくとも、俺はそばにいてやりたい。夏の意志に関わらず、俺はあいつのそばにいたい。
 悪趣味な真紅のフルフェイスのメットを被り、エンジンをかける。慣れていないから一発で、とはいかなかったが、それでもすぐに起動した。
 夏の高校に着く頃には、昼休みは終わっちまうな。
 右手でアクセルを回しながら、俺は、不謹慎なくらいに晴れ渡った空を見上げた。



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