『フォトグラフ』


2.

 二日前の写真を現像し、看護師が部屋に持って来た。床に固定された大きなボードに貼り出される写真たち。全部で二十四枚。きちんと全て、撮れていたらしい。
「ありがとうございます」
 固定されているボードは僕の目に映る。そこに貼られた写真たちも。見えないのは、看護師の姿。必要のない、世界の片隅。
「点滴、用意しますね」
 僕はひとりで食事をとることすら出来ない。動く自分の手ですら見られず、減りゆく食料も曖昧に映る。
 だからいつも、病室では見えない点滴を刺していた。写真を撮り終えると、必ず。痛みは走るが見ることは適わない。
 写真の現像と引き換えに、僕は意味のない痛みを与えられている。
 貼られた写真の数々を順に眺め、あの日の空が写っていることを願う。叶いようのない願いだと、判ってはいるのだけれども。
 それでも僕は、ひたすらに祈る。彼女のいる世界を僕に見せて下さい、と。
「……あ」
 一枚の写真にカラスが写っていた。意図して撮れるはずもなく、偶然写り込んだのだろう。生物を見るのは久しぶりだった。
「カラス、ですよね」
 近くにいるはずの看護師に声をかける。
「そうですね。たまたま飛んでいたんですよ、きっと」
 僕にとっては。ここにいるはずの看護師よりも写真の中に切り取られたカラスの方が余程生命を感じる存在だ。
 看護師の姿は見られない。カラスの姿は見られる。
 僕にすら僕の姿が見えない世界では、写真の中の生物だけが、本物の生命なのだから。
 そう。自分ですら、本物の生命ではないのだ。
「今日のも現像、お願いします」
 僕はあの日、確かに死んだ。彼女と一緒に。だから今は何も見えないのだ。動くものが。生命が。温もりが。
「ええ。二日後に持ってきますね」
 僕は死んでいるのだから。
「よろしくお願いします」
 死んでいるのだから、動くものを確認する必要がない。停滞した世界でのうのうと、彼女を想って過ごせばいいのだ。尽きるまで。ずっと。
 だから見えないのは心因的なものではなく、事実を表しているのだ。きっと。


-002-
<<前ページ | 次ページ>>

目次/短編一覧

(C) 2007-2014 Noru.T All rights reserved.

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!