『フォトグラフ』


3.

 夏は晴れの日が多い。そんな当り前のことに気付いたのは、ここに入院してからだった。
 今日も僕はカメラを構える。あの日の空を、写すため。
 あの日。たった数か月前のことが、まるで悠久の昔のように感じられる。
 あの日。僕と彼女はドライブをしていた。いつもと同じ、普通の休日。いつもと違うのは翌日が存在しなかったということのみの、いつもの休日。
 梅雨時には珍しく晴れていて、ピクニックに行きたいという彼女の願いは至極当然のものだった。
 彼女は自然が好きで、草原が好きで、青空が好きで。
 僕はそんな彼女が好きで、だからこそ彼女の好きなもの全てが好きだった。
 街中で野良猫を見かけては近寄っていく彼女。空を見上げては飛ぶ鳥を眼で追い掛ける彼女。今の僕には見ることの適わない全ての動くものを、彼女は慈しんでいた。
 見上げるようにカメラを構え、シャッターを切る。上手く撮れていると良い。あの日の空とは違っていても、美しく晴れ渡った空を。
「あっついなあ」
 あの日、昼前の山道。然程交通量の多くない道路。両脇にそびえる木々の合間からは、澄みきった青い空が覗いていた。
 僕はシャッターを切る。切り続ける。空を見上げ、彼女の愛した全てを想い。
 飛ぶ鳥を想い、青空を想い。彼女の笑顔を想い。シャッターを切る。世界をこの手で切り取り続ける。
「今日もあついよ」
 事故は相手の過失によるものだった。それなのに僕たちは、離れ離れになってしまった。
 最後に見たのは、彼女の驚いたような顔。シートベルトを締めていても、正面から衝突されてはひとたまりもない。
 一瞬で、彼女は逝けただろうか。痛みに苦しむことなく、旅立てただろうか。
 シャッターボタンが軽くなり、フィルムを巻き上げる音が聞こえた。今日はもう、お終いだ。
 彼女との日々のようにあっけなく、お終いだ。


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