この喪失感を埋める方法など、この世には存在していないだろう。貼られた写真を眺めながら、僕は考える。写り込んだ生命を眺めながら、僕は思考する。
彼女の愛した全てを、僕は見ることが適わない。見ることが叶わない。
何故。
答えのない問題。切り取られた世界は既に過去のものでしかなく、記憶の中の動画と変わらない。いくら撮り続けても、あの日の空を見ることが叶っても。
変わらない。すべて、過去のものでしかないのだ。
「痛くないですか?」
看護師の声が問う。
「痛くはないです」
僕は答える。過去にしか生きられない僕が、声のみを現在に乗せて。彼女とともに在り続ける僕には判らない。周囲のみが、時の流れを刻んでいる。
あの日、僕は死んだ。彼女とともに、あの瞬間に。
それなのに。呼吸をし、栄養を採り、命を繋いでいる。僕は死んでいるのに。
「今日も現像、お願いします」
過去しか見ることが適わないのに、今を生きていると言えるのか。動かないように固定されたボードと、ベッド。固く閉ざされた窓枠に、かかるカーテン。動かないものは写真と同じ。見られるけれども、触れられない。存在しているけれども、存在していない。
僕と同じだ。
「また二日後ですね」
看護師の声とともに、かしゃりという聞き慣れた音が聞こえた。
「あ、す、すみません」
シャッター音のようだ。看護師の言葉もそれを物語っている。
フィルムの入れ替えの際にミスをしたのだろう。ひょっとしたら、わざと行った嫌がらせかもしれない。
「別に気にしないで下さい」
けれどもどちらでも、構わない。
「本当にすみません……それでは、失礼します」
僕には関係がない。今起きている事象など、関係がないのだから。
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